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「教育 」カテゴリ記事一覧


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保育園と幼稚園の学力差

文部科学省は22年度全国学力テストの結果について、7月30日に3?6歳の間に幼稚園に通っていた中学3年・小学6年生の方が、保育所に通っていた児童生徒や、どちらにも通っていなかった児童生徒よりも正答率が高い傾向がみられると発表している。

テスト結果と児童生徒への質問を組み合わせたところ、小中の国語、算数・数学のA、B問題のいずれも、幼稚園に通っていた児童生徒の正答率が最も高く、保育所に通っていた児童生徒の正答率に比べて、3・3?6・3ポイントの差がついている。

また、幼稚園と保育所のいずれにも通っていなかった児童生徒は、幼稚園に通っていた児童生徒よりも、すべての教科で10・8?17・5ポイント下回っていた。

なお、今回の調査では、養育環境や保護者の経済状況の違いなどは調べていません。
全日本私立幼稚園幼児教育研究機構の田中雅道理事長は「幼児教育には豊かな環境が必要。多くの保育所に比べて幼稚園は、一定の広さの運動場や部屋を確保している」と、保育所との違いを説明しているが、子供の生育環境に全く触れていないことにも問題を投げかける専門家も多い。

保育園と幼稚園、生育環境の違いとは何でしょうか。

単純に、幼稚園を選ぶ家庭は夫の収入が安定しており、専業主婦家庭が多いと思われています。つまりは子供の教育に力を注ぐ時間的な余裕が生じているという側面もあります。

一方、保育園を選択する家庭は仕事を持ちながらの子育てとなり、子供の教育に時間を割くことが出来ない環境であるとも考えられます。

しかし、教育をおろそかにしていることとは違い、子供の塾や習い事の教育費を得るために、あえて共稼ぎをしている家庭も多いことを考慮しなければなりません。

この結果だけを見て保護者の教育への意欲の違いであると結論つけるのは、危険な考え方であり、間違いであると考えます。
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東大阪の教育

前途ように大阪の教育再生は市町村教育委員会協力が不可欠であり、市長、教育長の不退転の決意が必要です。

皆様ご承知でしょうか???

東大阪市は1年以上教育長が不在のままです。

そもそも教育委員会とは合議制で意思決定する期間でありますが、事務方のトップは教育長であります。
教育問題は他の問題とは異なり「まったなし」であります。
日々子どもは成長しているのであります。

何度も申しますが、どんな組織でもトップの姿勢が大切であります。
しかし東大阪市では教育の事実上の責任者である、教育長がいないのであります。
東大阪市こそ「教育の非常事態宣言」を出すべきであり、東大阪の政治の混乱が子供たちに影響してはならないと思うのです。

私も一人の市民として、また小さな子供をもつ親として、1日も早い教育長の人事を切望しています。

そして東大阪の教育の再生に関係者一同心を1つにして頑張って頂きたいと願っています。
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9月定例会

9月19日(金)より10月15日(水)まで9月定例会本会議が開会されますが、審議する議案は本当に沢山あります。
特に大阪の教育再生は喫緊の課題であり、知事も「教育非常事態宣言」を出しております。

大阪の教育再生に欠かせないのは市町村教育委員会の絶対的な協力と一人一人の意識の統一であります。
それと同時にトップ(市長、教育長)の「やる気」「意気込み」「リーダーシップ」であります。
いくら素晴しい企画を大阪府教育委員会が作成しても、各市町村の教員(小学校、中学校)が実践してくれなかったら意味がありません。

最近心配していることは、マスコミを含め、現場の教員を「袋叩き」にして事の本質を逸らし、満足をしているようですが現場の教員を責めても本質は変わりません。
先ずやるべきことは実態の把握と、適切な対応です。
その為に全国学力テストの詳細を市町村別、学校別に公表すべきであり、その事実を真摯に受け入れることが大切であります。

私も教育文化常任委員会で速やかな公表を求めていますが、教育委員会、文部科学省は「過度の序列化につながる」と自らの責任を放棄し、本質を逸らそうとしています。
橋下知事も同じようにテストの公表を求めていますが、市町村教育委員会の抵抗もあり一筋縄にはいかないようです。

隠そうとする事実、隠さなければならない事実から目を逸らせば新しい第一歩を踏むこと出来きません。
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先生とは

先生とは、学ぶ人に教える人のことである。また、その人に対する敬称としても使われます。
先生の「先」は「先立って」、「生」は「学問をするもの」という意味があります。
先日、身内より聞いた話ですが、某小学校の先生の言葉に疑問を感じましたので記します。
工事現場によくある単管パイプや接続するクランプを養生(保護)するプラスチック製のカバーを小学生数人で外し、投げたり、蹴ったりと、いたずらをした事についてその先生は叱責しました。
その行為に対して叱責した事は別に当然の事だとは思いますが、何故保護カバーを外してはダメなのかを説明すらせず、頭ごなしに「4年生になってそんな事判る脳みそ持ってるやろ」と言ったらしいのです。
やはり好奇心旺盛な子供にきちんと説明して納得する様に教える事が大切なのではないでしょうか?有る意味言葉の暴力で体罰に匹敵する行為だと思います。
教育改革は、教師の常識の向上が最優先に考慮されべき課題てあります。
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教育改革「理想と現場」

先般より記述しております教育に関してですが、文部科学省の発表による”いじめ”が起因とした自殺の人数が99年間から05年まで”0人”と報告されています。
本当に根拠のある数字かと不信に感じます。本当であればすばらしい事でありますが何故、立て続けにいじめによる自殺が起こってしまったのでしょう?
教育改革の一つに教育委員会のあり方や官僚の事なかれ主義等を改革しない限り机上の戯れ言にしかならないでしょう。また、自分の子供や身内が学校に通うと云う前提で精査できるのでしょうか?

文部科学省のホームページの教育基本法についてより”子どものモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下などが指摘されており・・・”とあります。
参考URL http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/houan.htm
この文面を直視しますと”家庭に於いて子供が躾されておらず勉強をしない。また、国民の学力低下が起因”と理解してしまうのですがこれは、私の理解力が無いからでしょうか?
全てに於いて、責任転嫁しているように思います。これでは、本当の教育改革が出来るとは感じられません。

「理想と現場」のギャップを埋める事が大変困難ではあると思いますが、難題に対して正面から受け止め対策を講じないといずれ歪みは大きな亀裂へと変化し、取り返しの付かない事態になると節に感じます。
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